病因
アルツハイマー病は脳内にベーターアミロイドとタウタンパクというタンパク質が異常に蓄積することにより生じると考えられています。そのため、アルツハイマー病の確定診断は脳の解剖によるベーターアミロイドの蓄積、タウタンパクの蓄積の確認によってなされます。つまり現時点では生前に確定診断することはできません。またベーターアミロイドの蓄積は認知症発症のかなり以前(はっきりはしませんが20年以前から)から始まっていると考えられています。このことは認知症を発症していないが、脳内にはすでに異常なタンパク質が蓄積している人たちがいることを示唆しています。事実、70歳以上の認知機能が正常な人たちの20-40%にベーターアミロイドの脳内蓄積があると推定されています。
アルツハイマー病
症状
アルツハイマー病の初期症状としては「物忘れ」がもっとも目立った症状になることが多く、この時期は臨床的には軽度認知機能障害としてとらえられます。うつ傾向になることも初期にしばしばみられ、時に「うつ病」診断されていることもあります。さらに進行すると日付や曜日の間違えるようになり、旅行など、通常と異なる状況の対応が困難になることがあります。金銭管理や必要な買い物がうまくできない、など、日常生活や社会生活での一連の計画性が必要な行為に支障が出てきます(軽度のアルツハイマー病)、さらに進行すると、日常生活での障害が出てきます。たとえば服を適切に選べない、服の組み合わせが変であったり、季節にあわない服を選んだりというようなことが出てきます。(中等度のアルツハイマー病)初期から中期にかけてはこれらの認知機能の低下による障害に加えて、認知機能障害に伴って起こってくる様々な精神症状、行動異常が認められることがあります。たとえば徘徊、幻覚、妄想、興奮などがこれらにあたり、これらの対応には非常に苦労します。これらの症状は「問題行動」とか「周辺症状」とか呼ばれています。しかしこれらの症状は介護者にとっては決して認知症症状の周辺ではなく、もっとも対応に苦慮する症状であることから、認知症に伴う行動・精神症状(Behavioral
and Psychological Symptoms of Dementia)の略であるBPSDなどとも称されます。さらに進行すると入浴が一人でできなくなり、トイレで水をどう流したらよいかわからない、さらに尿失禁や便失禁が出現してきます。言葉の機能の低下も目立ってきて、こちらの言っていることを理解できない、あるいは本人が何を言っているのかわれわれが理解できないなどの症状が出てきます。家族の認識もできなくなり(だれが息子や娘あるいは夫かもわからなくなる)、さらに時には自分自身の認識もできずに鏡に映る自分自身に話しかけたりすることもあります(重度のアルツハイマー病)。アルツハイマー病は基本的には身体の運動機能には異常は出てきませんが、この段階まで進んでくると、歩行が困難になってきたり、パーキンソン症状(動作がおそく、鈍くなり、体が硬くなる)が出現してきたりします。一般的に若年発症例では進行が早く、高齢者では進行が遅い傾向があります。
診断
認知症患者のなかで、上述したような臨床的特徴をもつ患者の多くはアルツハイマー病です。診断を補強する検査としては脳の形態をみる検査としてCTやMRIがあります。また脳の機能を評価する方法として脳血流SPECTやFDG-PETがあります。これらの検査でみられる萎縮や機能低下の部位の分布がアルツハイマー病で知られている分布の特徴を持つ場合はアルツハイマー病と考えてほぼ間違えありません。しかし、軽症例の中には萎縮が軽度で正常者との鑑別が困難な場合もあります。しかし、この場合でも他の認知症を起こす疾患が否定的な場合はアルツハイマー病がもっとも疑われます。しかし、実際の診断の精度は80%程度であり、特に85歳をこえるような高齢者の場合、アルツハイマー病以外のあまり進行が早くない認知症の頻度が高くなります。また、多くの高齢者ではいくつかの病態が併存していることも多く、病態と症状の関連は複雑です。
診断の精度を上げるには脳内の病理的変化を生前にとらえらえれば良いのですが、通常用いる検査法では困難でした。しかし最近の研究の進展により脳の中の病理的変化を直接的にみる方法も開発されつつあります。それらの一つとしては髄液(脳の周りを覆っている液)検査があります。脳の中のアルツハイマー病性の変化は血液検査で確実に捉えることは現時点ではできません。しかし髄液中のベーターアミロイドやタウタンパクを分析することで、ごく軽度の患者をふくめて、かなりの精度で脳内のアルツハイマー病性変化を捉えることが可能になっています。また画像的にPETを利用して脳内のアミロイドあるいはタウの蓄積をとらえる手法が開発されています。また、近年は血液のマーカーが盛んに研究されています。
治療
現時点でのアルツハイマー病治療の主要な薬剤はアセチルコリンエステラーゼ阻害薬とよばれる薬剤で、3種類、ドネペジル(商品名アリセプト)、ガランタミン(レミニール)、リバシチグミン(リバスタッチ、イクセロン・パッチ)があります。もっとも頻用されている薬はドネペジルで、なるべく早期の投与が進行抑制に有効と考えられています。これらとは異なる作用機序の薬剤としてメマンチン(メマリー)があります。この薬剤は中等度以上の患者に有効なことが知られており、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬との併用でも上乗せ効果(2剤併用でより効果がある)があると考えられています。
上記以外に、現在は盛んに新規薬剤の開発が進められています。
認知症では、しばしば周辺症状あるいはBPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)と呼ばれる精神症状や行動異常が現れることがあり、これらの症状は本人にとってもつらい症状ですが、介護者にとってはもっとも対応の困る症状です。代表的なものとしては、徘徊、幻覚、妄想、興奮などがあります。これらBPSDに対しての薬物療法は限られた症状に対して限られた効果しかありません。最も重要なことは、このような症状が発現する背景に何か理由がないかという視点での検討です。それをもとに介護環境、介護方法を見直すことで改善することがあります。しかし、それでも症状が改善しない場合限られた範囲で薬剤を使用することがあります。使用薬剤としては非定型抗精神病薬と呼ばれる一群の薬剤をごく少量用いることが多く行われます。しかしこれらの薬剤投与により死亡率が上昇するというような報告もあり慎重な投与が必要です。また抑肝散を中心とした漢方薬が用いられることもあります。いずれにしてもこれらの薬剤は現時点では大規模な治療研究において有効性を証明されたものではありません。
(2021年11月7日)