アルツハイマー病治療開発の現状

日本においては2011年にドネペジルに加えて新たにコリンエステラーゼ阻害薬2剤とNMDA受容体拮抗薬1剤の計3剤がアルツハイマー型認知症の治療薬として用いられるようになりました。しかし欧米ではこれら4剤の登場から10年以上経ち、この間さまざまな新薬開発、特に病態機序に基づいた病態改善薬開発の努力が行われ、その中のいくつかの薬剤は最終段階の治験としてphase III段階までに達したものの最終的に有効性を証明できませんでした。


病態改善薬の開発現状

アルツハイマー病の病態機序は未だに完全に解明されたわけではありませんが、ベータアミロイドの異常蓄積を起点とし、タウ蛋白の異常蓄積、神経変性へと進展する、多段階の病的過程と考えられています(アミロイド仮説、認知症のなかのアルツハイマー病の項目を参照してください)。これらをもとに、病態改善薬としては、現在までアミロイドをターゲットとした治療研究が最も精力的に行われてきました。この中にはガンマ・セクレターゼ阻害薬や大規模に行われた2種類の抗アミロイド抗体が含まれますが、phase III段階まで進行した治療研究でその有効性を証明できた薬剤はありませんでした。しかし、アミロイド抗体薬の一つであるSolanezumabにおいては2つのphase III試験を合算した検討で、軽症群において認知機能低下抑制作用を示す可能性が示唆されたことから、現在、軽症例のみでの再試験が行われています。

高容量による抗アミロイド抗体療法

 上述した、抗アミロイド抗体の2薬剤の大規模な治療研究の結果が期待外れに終わったことから、アミロイドをターゲットとした治療自体が懐疑的にみられるようになっていました。ところが2015年2月に新たな抗アミロイド抗体療法、Adcanumabのphase Ibの一部の結果が発表され、その結果が非常に有望であったことから再び抗アミロイド抗体療法に注目が集まり、その後の治療研究のプロトコール自体にも大きな影響を与えました。
 AducanumabはベータアミロイドのN端を認識し、可溶性オリゴマーを含む凝集型ベータアミロイドとアミロイド斑に含まれる不溶性線維型ベータアミロイドを標的とします。このため血中のアミロイドモノマーに結合せず半減期が長く、その効果が持続するとされています。Phase Ibの治療研究における治験対象患者基準はそれまでの研究といくつかの点で重要な相違がありました。一つはこれまでの研究では臨床的なアルツハイマー病を対象としていたが、この研究では全例にアミロイドPET (florbetapir (18F-AV-45) PET)を行い、アミロイド陽性患者のみを治験対象とした点です。臨床的にアルツハイマー病とされている患者にアミロイドPETを用いて、脳内のアミロイド蓄積の有無を検討すると、約20%の患者がアミロイド陰性であることが知られています。つまり、アミロイドをターゲットとした薬剤研究において臨床的な診断だけでのでは、はじめから約2割の患者には効果が期待できない可能性が高いということです。
 もう一つは治験対象患者基準の特徴として軽度認知障害(MCI)と軽症アルツハイマー病を一体とした研究であったことです。これまでは臨床的に異なる概念であるMCIとアルツハイマー病(臨床的にはアルツハイマー病は認知症である必要がある)は別々の治療研究として行われていたが、アミロイド陽性という共通の病態背景をもとに、一連の疾患として治療薬の効果を検討したことです。そしてこの治験において最も重要な、今までのアミロイド抗体療法との相違は投与量でした。いままで行われた研究に比べ5倍以上の量を投与したのです。
 まず驚かされたことに、今までの抗体療法では明らかな脳内のアミロイドの減少はほとんど確認されなかったのに対し、この治療により脳内のアミロイド量が容量依存性に劇的に減少したのです。一方、認知機能の改善効果は認められませんでしたが進行抑制効果が期待できる内容でした。

(2016年8月1日)